2023/11/09
嘗ての常識が通用しない世の中?
通勤途中で遭遇した出来事。片側二車線の道路を走行中、前方に伐採された後の木立が道路の真ん中にあり、完全に一車線を覆っていた。前を走る車はそれをさけ中央線を通過していく。おそらくどこかで伐採した樹木を運搬中のトラックが後ろの荷台から落ちたのを気づかず走行していったものと容易に想像がつく現場であった。小生がびっくりしたのは、その現場に遭遇した数台の車が何事もなかったかの
ようにやり過ごしく光景である。即座にハザードランプを点灯し車を止め、かなり大きな枝木を一人で引きずりながら歩道まで運んだのであるが、その作業中後続車両はすいすいとその場を通過してい居たのである。歩行者の邪魔にならないところまで樹木を運び終わったとき、歩道を自転車で走行していた小生より年配風の老人から声をかけられた。「あんた偉いねえ~最近こうゆうことをする人を見かけないからなあ~、ご苦労さんでした!」と。気恥ずかしい思いもあったが何か嬉しさを感じた瞬間でもあった。道路を走行しているといろんな光景を目にする。バイクに乗って忙しそうに配達をする郵便局員さんには社内で「ご苦労様~~」と呟くし、保育園の園児が保育士さんに連れられて並んで歩いていると「頑張れよ~~」小声で声をかける。中には犬の散歩でおしっこをする犬を後始末もせず平気で通り抜けるマナー違反の人も見かけるが、「情けない奴もいいるもんだなー}と寂しくなる光景もみる。夕暮れの素晴らしい光景や月の満ち欠け等々車窓の風景に癒されることが多いこの頃である。暴走爺を自他ともに認めている小生にとって「車窓の風景」は宝物である。。。
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captain-ikebe
2023/10/04
中秋の名月
9月29日の夕刻、会社からの帰途、40メーター道路という海辺を走る東西に一直線の東の空に見事な「満月」がフロントガラスの正面に飛び込んできた。これまで見たことのない大きさのオレンジ色した満月である。「中秋の名月」とは旧暦の8月15日、満月とは一か月に一回は見れるが中秋の名月を見れるのはこれから7年後とのこと!秋は空気の状態が良く夜空に輝く星もきれいにみることが出来るがこの日の満月は色合い、大きさともにこれrまでに見たことのない素晴らしいものであった。しばしスピードを緩めフロントガラス正面に輝く「名月」を拝むように見つめながら帰途に就いた。学生時代の遠洋航海で水平線に上る朝日、沈む夕日、天空に輝く月や惑星を「綺麗だなあ~」と見とれたことは限りなくあるが、これほどの「満月」のきれいさに遭遇したことは一度もなかった。家にある4台の天体望遠鏡もここ数年活躍の場を失っている。昔は家の庭から、周りに家が建ち始めてからは近くの海岸から、時には時には高速道路の山間のパーキングエリアまで愛用の天体望遠鏡と楽しい天空観察を満喫していたが、ここ数年時間のなさ?体力気力の衰え?のためか「星空観察の趣味」から遠ざかってしまった。子供や孫たちが少しでも興味を覚えたら己の「趣味」も復活できるのでは?と勝手な想像をしている。
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captain-ikebe
2022/08/25
木星の両極に映えるオーロラ
今日のネットにNASAが公開した「木星の両極に映えるオーロラ」実にきれいな映像である。何兆円もの費用をつぎ込んでこのような素晴らしい映像が撮れたとのことであるが、宇宙の謎、宇宙の神秘を久々に感じた瞬間である。若かりし頃は天体に興味をもち、数種類の望遠鏡を買い求め、天体観測を楽しんだものである。家の庭から土星や木星、月を眺めては悦に入っていたものである。学生時代の遠洋航海で夕暮れ時から1等星を探し船の位置を出す「天測」(天体観測)をした経験が船乗りを卒業してからも「天体」に興味(趣味?)を持ち続けた原因かもしれない。20数年前に市の中心部から市外へ引っ越し、畑の真ん中に家を建てた頃は周りに何もなく庭から大空を眺めることができた。年数がたちまわりにぽつりぽつりと家が建ち始め、気が付けば家の周りは隣家に取り囲まれてしまった。近くの港の岸壁や高速道路のパーキングエリアに望遠鏡を運び観測したりの日々、それもいつのまにか年に数回となり、今では4基の望遠鏡も家の中で寂しく出番を待っている状態になってしまった。寝室にある室内用のプラネタリュウムも数年前まではベッドの中で天井に映し出された星座を見ながら眠りにつくのが習慣であったが、これも今では出番がなく、枕元に鎮座したままである。
嘗てアラスカの上空で見た「オーロラ」、南極でみた「灰色がかったオーロラ(夏場)」南太平洋で見た南十字星など今でも時折思い出すが、本当に美しかった~~思い出である。孫たちに土星のリングや木星の縞模様を見せても、「わ~~」「すご~い」で終わり。
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captain-ikebe
2021/03/16
つぶやきor掛け声
若い頃からの習慣で、心に響くような光景を目にすると、ついつい心の中で掛け声をかけてしまう。最近は歳を取ったせいかその回数が異様に増えた気がする。保育園児の可愛い姿を見ると車中からではあるが、「元気に頑張れよ~~」と、保母さんには「いつもご苦労様!」とつぶやく。時には小声で。 最近よく見かける光景の一つに若い女性が宅配業務をしている姿を目にする。重い荷物を荷台から降ろし、玄関先まで運んでいる姿を見ると、「母子家庭なのかな?」「共働きで頑張っているのだろうなあ~」と思いつつ、何時ものように「頑張ってね~~!」と、、あまりの真面目なそして過酷な環境についついウルウルしそうになる時もある。自分と同じような後期高齢者のお爺さん?が道路工事の旗振りをやっているときは声を出して「ご苦労さん~!」と言ってしまう。窓は締め切っているのにこちらの声が聞こえたかのようにニコッと笑ってくれる時もある。郵便局の若い配達員の方々にも、チラシを配って回るおばちゃんたち、等など安い賃金だろうにと思える仕事を一生懸命に頑張っている人たちにはことさら「頑張れよう~~」と声をかけたくなる。どういう子供さんが居て、どんな生活をしているのかななど勝手に想像しながら兎に角「頑張ってほしい」「幸せになってほしい」の一念でつぶやく。真面目に一生懸命に働いている人たちは男女を問わず、年齢を問わずたくさんいることが何よりの「幸せ」を感じるときである。
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captain-ikebe
2018/10/30
海沿いの散歩道 🏃
大分駅周辺の区画整理のため生まれ育った市街地を離れ市の東部に位置する大在地区に移転して16年になる。この地は全国一の規模で区画整理が行われたところである。子供の頃海水浴や林間学校で訪れたことがあるがそのころはJRの駅から海水浴場まで一面のミカン畑が広がっていた。60年近くたった今昔の面影は殆ど残っていない。海水浴場は埋め立てられ工場群が立ち並び、畑の跡地は見事に区画整理され民家・アパートが立ち並ぶ県下有数の住宅地となった。そんな中、唯一昔の面影を残しているのが海岸線に沿って数キロに及ぶ防風林である。嘗ては松林であったが今では枯れた松の跡にクス、マテバシイ、ウバメガシ、タブノ木が植えられ鬱蒼と生い茂っている。そしてその中に「遊歩道」が整備されている。腰の手術をしたあと、この遊歩道を毎朝一時間かけて散歩するのが最近の日課となったが真夏の朝日もほとんど遮られ実に気持ちの良い時間を楽しんでいる。自然とかくも素晴らしいものかと改めて思うこの頃である。青い海を職場として四半世紀を過ごした小生には「緑」が心を癒してくれる。嘗て訪れた静岡県の倉沢の棚田、周囲の茶畑とのコントラストが素晴らしく心の和む風景である。恩師と訪れた雲仙の清水の棚田も素晴らしかった。山間に整然と積まれた石垣が何段にも連なり普段見かける段々畑とは一味違った風情である。わが町にも好きな田園風景がある。親友の会社を訪れた際、必ず遠回りをしてそのお気に入りの田園の中を走る道路を左右をキョロキョロ見渡しながら使って帰ることにしている。それほど広くはないが川沿いに広がる田畑の緑がやけに眩いのが心を和ませてくれるのである。360度海また海、夜空には満天の星という生活を離れ22年、そのころの風景が懐かしい気もするが、今では田園風景を眺める時、心が癒される。歳のせいかな?
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captain-ikebe
海洋権益 🚢
集団的自衛権の行使に向けて闇雲に突っ走ろうとしている政府が今問題になっている小笠原諸島周辺の中国船に対して何もしない(何もできない)事への疑問を何故マスコミは大々的に取り上げないのか理解に苦しむ。以前にも述べたように排他的経済水域(EEZ)とは海洋資源、鉱物資源の開発、調査が出来る沿岸国の権利が及ぶ水域である。沿岸国の基線(最低低潮面)から200マイルの水域はそれを有する国の権利が国際法上認められているにもかかわらず政府は「遺憾である」のコメントしかしない。なんと情けないことか! この海域は他国の飛行機や船は自由に飛行、航行ができる。海底電線の敷設も可能であるが資源を荒らしてはいけない。サンゴを狙ってやってくる中国船はことごとく拿捕しなければならない状況にある。何も行動に移せない政府が集団的自衛権でアメリカの要請を断れずズルズルと戦争参加への道を歩むことは容易に推察できる。何時ものことながらなり振り構わぬ中国がアクションを起こし日本の意識、能力がどれほどのものか試しているのであろうが何故早急に対応しないのか国民はもっとこのことに関心を持って欲しいものである。大陸棚が続く限り200マイルを超えても自国のEEZだと主張する恥知らずの中国はこの先何を言い出すか分かったものではないがこのような無謀な行動を阻止できない政府にこの国は守れない。日本国民は今一度自国の領土、領海、排他的経済水域についてしっかり認識して如何に今の政府が無能であるかを知るべきである。基線とは潮が一番引いたとき(最低低潮面)の位置を示すもの。領海とはこの基線から12マイルの海域を指し自国の権利を主張できる海域、そこから12マイルを接続水域、そして基線から200マイルをその国の排他的経済水域というこの基本をしっかり勉強して欲しいと痛切に感じる事件が今起きているのである。
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2018/09/10
船舶の走錨事故 ⚓
台風21号が列島を縦断し甚大な被害をもたらしたことは連日のニュースで知ることが出来た。その中で関空の連絡橋に停泊中のタンカーが衝突し、その後の被害を大いに拡散させたことが気になるところである。おそらく海上保安庁と海難審判庁が調査をしてる頃であるが、船長の責任はかなり重いと考えられる。そもそも「走錨」とは、アンカーを投錨(錨を一気に海底に降ろす=放り出す)しアンカーの爪を海底にしっかり咬ませ、その抵抗とアンカーチェーンの鎖の重さで船を支えていたものが、風や波浪の力に負けて船が押し流されることを言う。一旦流され始める(船体が波浪を横から受ける状態で)と二度とアンカーの爪は海底に噛ますことが出来ないのが普通である。このような場合、直ちにエンジンをかけ船首を波浪に向け「揚錨(錨を上げる)」しエンジンの推力を調整しながら位置を保つようにするのが適切な手段である。もっと言えば、これほどの台風が接近するときは、大型船ほど湾内に留まることをせず沖に移動しエンジンのみで時化が静まるのを待つのが常識である。今回の事故?の船舶の所有者、当該船舶の船長には重大な過失があったと認定されるであろう。これも偏に日頃の危機管理能力、意識の低さが引き起こした人災でる。この様なニュースを見ていると、ついつい昔の船乗り時代を思い出す。ベーリング海で風速70メートルの時化の中を一昼夜近く「つかせ=エンジンを全開にし船首を波浪にたたせひたすら時化が収まるのを待つこと」せたこと、西太平洋でハリケーンに遭遇し、幾らエンジンを全開しても波浪の力に負けて船首を風上に向けることが出来ず、横波を受けながら只々成すすべもなく流されたこと等など大自然の力を身をもって体験したことは、現在の「危機管理意識」に少しは役立っているのかもしれない。
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2018/05/23
無二の会「佐賀・佐世保・長崎」
3年前にも投稿した「無二の会」、恩師を囲んで年一回の再会を楽しむ会である。13年前、恩師の退官祝い(お疲れ様会)を長崎で開催して以来今年で13回目を迎えた。先生と教え子3人の頭文字(MUNI)が偶然無二になることからこの名前を付けた。今年は先生の出身地である「佐賀」、我が母校の発祥の地である「佐世保」そして学び舎の「長崎」を二泊三日で旅した。初日は佐賀県小城町にある「清水の滝」と鯉料理を楽しんだ後、佐賀維新資料館を訪問した。清水の滝は過去何度か訪れたところであるが「パワースポット「」を感じる大好きなところである。維新資料館ではこれほど佐賀県から明治維新の前後に優秀な人材が輩出されたのかと正直驚いた。二日目は海上自衛隊佐世保基地の中にある「崎辺」の母校跡地の見学をした。きりりとした海上自衛官の案内で嘗て恩師が学んだ校舎(当時の校舎が未だ一棟のみ存在していて驚いた)を見学させてもらった。その後九十九島巡りをしたがこれも懐かしい思い出の地である。そして次に訪れたのが「ニイタカヤマノボレ」の暗号を発信した通信塔(三本柱)、海上からしか見たことのなかった塔であるが現地まで行き塔の中を見学できたのには感激した。次いで西海橋(嘗てこの下をカッター漕いだこれまた思いで深い土地である)、時津港を経由し二日目の宿泊地「ホテル清風:大江戸温泉」についた。二日間の旅であったが夜は懐かしい話を含め先生の用意していただいた旨い酒を飲み深夜まで一年ぶりの再会を楽しむことが出来た。別れ際は決まって「また来年!」何時までも元気で皆さんとお会いできるためにも健康第一の生活を!と誓いながら帰路に就く。人生は楽しい!
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captain-ikebe
2018/03/05
保育園児
通勤途中に見かける景色の中で最も心の和む光景、それは保育園児の姿である。カルガモの行列と言っては失礼にあたるが保育士の後ろをちょこちょこと歩いている姿を見るとついウルウルとするくらいに可愛い!まして園児が小さな乳母車のような乗り物に4~5人がぎゅうぎゅう詰めに乗って3台位が列を作って散歩?してる光景は車を止めて眺めていたくなる位に心の和む光景である。保育園のグランドで無邪気に遊ぶ姿も実に可愛いし保育士さんの仕事は大変だろうけど良い仕事だなあと感謝を含めて感心して眺めている。高齢化社会、少子化と言う言葉を聞いて久しいがこういう園児の可愛い姿を見ているとこの子たちが大人になるころまで少しでも恵まれた環境で育ってほしいと願うのは親御さんはもちろん、保育士さん、園長さんも全く同じであろうと思う。そんな折、小生の主治医であるT先生が「病児保育園」を開園することになった。「ままのて保育園」と言う名前の保育園であるがそういう子供のいる家庭にとっては神の手ほどに助かる施設だろうと、素人ながらにこういう施設を作るT先生の「生きざま」に感心した。ゲスの勘繰りではないが決して採算性を望めるような施設ではない筈なのに地域のため、世の中のためにやろうというまさに「医者の鏡」だと小生の主治医を誇りに思った。世の中「金や色恋」に現を抜かす下品な医者を時々見聞きするが、これからの日本を背負っていく「園児」たちの将来の姿に思いをはせながら通勤途中涙ぐみながらうれしさをかみしめることを楽しみに極力、保育園の近くの道路を通って通勤しそうである。
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2017/10/02
誕生祝 🍻
一年前、70歳を迎え親友、会社の同僚、家族に心温まる祝いをしてもらった。記念のゴルフ&宴会、高価なパイプのプレゼント&懇親会などなど記憶も冷めやらぬ間に71歳の誕生日を迎えた。突然社員から「誕生会を開きます」の報告を受け「えっ?」と思ったが内心はとても嬉しかったのと少々面はゆい気がした。社員と昔から付き合いのある準社員?の9名で古希祝に勝るとも劣らない祝福を受けた。亡き父の形見の懐中時計を床に落とし修理不能となったため今回のプレゼントはそれに代わる素敵な懐中時計を頂いた。機会あるごとに「自分は人に恵まれた人生だなあ」と思ってきたが宴を開いてくれたみんなの姿を見ながら一人一人との出会いの時、過ごしてきた二十数年間を思い出した。出会いは偶然であるが、それからの付き合いは己の意思である。船乗り時代、陸の河童時代を通じ数多くの人と出会い、苦楽を共にしてきたが、人間として、仕事人として「許せない人間」とは関わることを断ってきた。船乗り時代は「ダメな人間」は即強制送還で内地送りにできたが陸の仕事はそうはいかない。何度も説教をし何とか仲間に引き込もうとしたが本人に「足りなさ」を自覚させることが出来ない人間は解雇してきた。「来るもの拒まず、去る者追わず」を貫いてきた。人の判断基準は「何を大切に生きているか」「他人への感謝の気持ちが如何ほどあるか」である。俺が俺が、、、のなんと多かったことか!社員より自分大切といった社長さん、同僚より自分は優秀と勘違いしている社員、、数えきれないほどの「人間失格(同じ釜の飯を食えない人間)」をみてきた。そんな中で今一緒に仕事をしている社内外の同僚、親友のありがたさを身にしみて感じることが出来る幸せは自分の宝である。これから何年現役を続けられるかわからないが彼らと少しでも長い間一緒に仕事をし人生を楽しみたいと改めて思った「71回目のバースディー」感謝・感謝である。
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2017/07/05
社員旅行(台北)✈
陸に上がった河童となって四半世紀、職場の若い仲間に「外国」を知って欲しくて「社員旅行は国外に」を通してきた(我が儘を言ってきた?)。シンガポール、台湾、香港、上海、ソウル、釜山など二泊三日ないしは三泊四日で行ける東南アジアに絞り二年に一度のペースで旅行をしてきた。小生が「外国」を経験したのは大学3年時の遠洋航海で最初に寄港した台湾第二の都市「高尾」であった。その後ボルネオのクチン、オーストラリアのポートダーウイン、シンガポールと寄港し何故か母港の長崎まであと2昼夜というところで又台湾の「基隆」に入港した。低気圧を避けるため、、、という理由であったがこれは当時の練習船のキャプテンの乗組員に対する「忖度」であったような気がした。なにせ練習船は航海実習の度に幾度となく台湾に寄港していたため乗組員の多くは?現地に「超親しい友人」がいたようである。。。卒業後の四半世紀は船乗り人生一筋故様々な「外国」を訪れた。陸に上がり関わりを持つようになった職場の若い人たちはほとんど「外国」を経験した人がいないことが分かったのと職場の「仲間意識」「コミュニケーション不足」を痛感し「仲間意識の向上」=「社員旅行」=「国外」となった。二泊三日という短い間ではあるが仕事を離れ「職場の仲間」と時間を共有し旅行を楽しむことは決して無駄なことではなく「信頼」「絆」を産む一助になることは間違いないと今尚確信し続けている。これからは近場でも良いから年に一度「社員旅行を!」という意見もありその気になり始めている自分に苦笑している。船乗り時代に訪れたスペイン、南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア、アラスカ、ニューヨーク、カナダetc、愛すべき職場の仲間と旅をするには遠すぎて時間が足りない。なにせ我が社の社歌「月月火水木金金」でわかるように超忙業界故二泊三日が精一杯のスケジュールしか取れない。てことで「じゃあ台湾にしょうか~~」となるのであるが、、、。そろそろ「国内旅行」も良いかなあと、、、、。今回の台北二泊三日の旅、職場の皆さん「楽しかった~」と言ってくれたのが小生にとっては何より嬉しかった!
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2016/10/12
古希 🎊
古来稀なりが語源の「古希の祝い」、これまで親族や親友(先輩)の古希祝いの経験はあるが自分がお祝いをされる側になる日(姿)は想像をしたことがなかった。10年前「還暦」を迎えたとき社員や親友から心温まる宴を開いてもらったが、あれから10年がこんなに早く?というのが実感である。9月の一ヶ月間、社員・親友・悪友・家族などから計5回のお祝いをしてもらった。そのいずれもが心温まるものでつくづく「我が人生の幸せ」を痛感した一ヶ月であった。各時代時代の出会いを大切に「来るもの拒まず、去る者追わず」、我が信念(哲学)にそぐわない者は遠ざかり、今こうしてお付き合いをしてくださる方々に囲まれ生きている自分の姿こそ70年の人生で唯一自慢できることと確信している。過去を振り返ることはあまり好きではないが幼少時代、学生時代、船乗り時代、陸に上がった河童人生25年、その時代時代を振り返った時懐かしい顔とともにいろんな出来事が浮かんでくる。自分のこれまでの人生、本当に「人」に恵まれたなあ~と心底思う。これからの人生も悪しき人間は遠ざかり、これまで同様良き人々に囲まれて悔いのない生き方ができれば本望である。社員に頂いた高価なパイプを冥土の土産にもっていける日までもうひと頑張り!
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2015/10/14
秋の空
朝夕のウオーキングの楽しみは自然を感じること!臨海道路に沿った松林を歩くと四季折々の虫の声、草花、風の音等等季節の移り変わりを身近に感じることができる。最近は秋の空の美しさにしばし立ち止まり空を見上げることが多い。晴れた日の秋の空に浮かぶ「雲」の多くは巻雲、高積雲といった高度の高い雲が多い。すじ雲、うろこ雲、鯖雲、いわし雲と呼ばれる雲がこれに当たる。真っ青な空に真っ白な雲、刷毛でサーと引き伸ばしたようなすじ雲、水族館で見るイワシの大群の様ないわし雲、小さい塊が群れを成す姿が魚のうろこに似たうろこ雲、いつまで見ても飽きることのない美しさである。つい先日まで鳴いていた蜩の鳴き声も近頃では秋の虫の声に変わってきた。一時間あまりのウオーキングはこれら自然に触れる中で、あるときは瞑想?に耽りながら、あるときはカラオケで歌う演歌を口ずさみながら時間の許す限り東コースと西コースを交互に選んで歩いている。道中必ず何人かの人とすれ違うが彼らの姿を見るのも又楽しである。しかめっ面をして黙々と歩く人、挨拶をしても返事もしないで通り過ぎる人、立ち止まって話しかけてくる人等等。最近は犬の散歩をする人が多くなったような気がする。昔読んだサラリーマン川柳で「ダイエット、連れて歩いた、犬が痩せ」という句を飼い主と犬を見比べながら思い出し観察する自分の姿に苦笑することもある。自然を愛し人を愛する生き方は実に楽しいものである。
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2015/06/18
無二の会「函館」
今年の「無二の会」は皆さんそれぞれ想い出深い地である函館開催となった。残念なことにメンバー最年少(といっても小生より二歳若いだけであるが)のU氏が病気療養のため5人の参加となった。船乗りを志す長崎大学の漁業学科生は4年時になると「社船実習」と言って約半年間民間の船に乗るカリキュラムがある。練習船の乗船履歴だけでは国家試験の受験資格が取れないためが主な要因であるがこの社船実習で将来の進路が決まるほど学生生活にとって意義のある実習となる。桜が満開となる5月、函館は「鮭鱒事業」一色になる。12隻の母船にそれぞれ35隻の独航船が配置され5月15日の出港準備に追われる。デパートに買い出しに行くと店員さんが必ず「ご苦労様です」と挨拶をしてくれるほど街全体がヤン衆(船乗り)で溢れかえる。夜は夜で道内のあちこちからこの日のために出稼ぎ?に来たような女性がおもてなしをしてくれる。出港前夜この女性たちと函館山に登った。長崎や別府の夜景と違って平坦な土地に扇を二つくっつけたような見事な夜景に感動したことを今尚はっきりと覚えている。忘れられないのは出港の翌日5月16日「十勝沖の大地震」が発生したことである。1万トンクラスの母船がエンジントラブルかのような振動をしたのであるがこれが地震によるものと聞いてびっくりした。昨夜までいた函館の街の被害は?と気になった。3ヶ月後に帰港して見た街の風景は無残なものであった。それから2年後、専攻科生時代の日本一周航海で再び函館を訪れた。北大水産学部との交流をメイン行事に観光地を数箇所訪れた。大沼公園、五稜郭、トラピスティヌ修道院、羊が丘など良き青春時代の想い出である。今回は札幌に住む友人が幹事となりこれら思い出の地巡りを企画してくれたお陰で楽しい3日間を過ごすことができた。函館山に始まり最終日の北洋記念館まで又新たな思い出ができたことに感謝感謝である。夕食の時は今回欠席した友人の回復を祈り乾杯をしたが次回予定の静岡では是非皆さん元気な姿で再会をと誓った。良き恩師、良き友に恵まれたことを改めて感じさせてくれた函館の旅であった。
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2015/03/27
自然の素晴らしさ
東西に延びる産業道路の北は海、南は延々と続く松林が私の通勤コースの出発点である。一月初旬のある朝、ふと見上げた上空が渡り鳥の大群で覆い尽くされていたのである。空一面と言っても過言ではない程上空を見上げる視界の全てが渡り鳥の群れである。あまりの異様な光景にしばし車を道路脇に止め自然の摂理とも言うべき渡り鳥の大群を見つめた。よくよく観察すると群れは30羽程度の群れが何百も重なり合うようにして東南東の方向に飛んでいた。全ての群れが同じ鍵型の隊形をしているのも不思議であったが、どの群れにも1~2羽隊列から離れて飛んでいる鳥がいて、その位置が数百の群れの隊形全てに共通していることにも驚いた。何処からこれほどの数の渡り鳥が集結したのだろうか?いくら本能とは言え多方面から申し合わせたように集まり、同じ隊形を作り一定の方向へ飛んでいく、自然は計り知れないなあと首の痛さも忘れ感動的な時間を過ごさせてもらった。豊後太郎と呼ばれる大野川を渡ると前方に由布・鶴見・久住連山の真っ白な雪化粧が広がっていく。上空は真っ青な空に所々巻雲がたなびいている。平和だなあ~~
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2014/07/30
無二の会・長崎
今年の無二の会は皆さんの第二の故郷とも言える長崎で開催した。恩師のお世話で思い出の詰まった地を訪れ楽しい二日間を過ごした。ゴールデンウイークの中日、野母崎の海の家に集合し一年ぶりの再会を祝った。ここは我々の学生時代、水産学部の実験場があったところであり、春・夏のカッター訓練の合宿をしたところでもある。部屋の窓からは正面に軍艦島が見渡せる絶好の地である。鉄分の多く含まれる温泉に浸かり、近くの海で捕れた魚介類を肴に昔の思い出話に花が咲いた。翌日は軍艦島クルーズ、少々時化気味ではあったが島をゆっくりと二週した。学生時代はカッターで野母崎港と軍艦島の間を漕いでいたが島の反対側までは行ったことがなかったのでその風景に感動した。岩崎弥太郎がこの島の持ち主だったというのも初耳であったが、クルーズ船の船長さんの説明にも味があり貴重な体験をさせてもらった。帰港後は権現山、脇岬の植物園、樺島の巨大ウナギ、樺島灯台まで足を運んだ。夕刻に長崎市内に戻りホテルで一服した後夕食の場である稲佐山に登った。多くの観光客に混ざりロープウエーで山頂へ、展望台のレストランで夕日が沈む長崎の景色を見ながら持ち込み禁止のビールを飲み日が暮れるのを待ちながら有名になったトルコライスを楽しんだ。久しぶりに見る長崎の夜景は実に素晴らしかった。学生時代は百万ドルの夜景と言われていたが今では世界新三大夜景になったとかで一千万ドルの夜景と呼ばれるようになったとか、それにふさわしい実に見事な夜景を堪能した。あっという間の二日間であったが恩師の心配りがいたるところに感じられ楽しい時間をみなさんと共有できたことにこの上ない幸せを感じた旅であった。昨年は我が故郷の大分が開催地であったが湯布院を散策したくらいで皆さんに申し訳なかったなあと後悔した。4年後には気合を入れて皆さんに楽しんでもらわなくてはと反省しつつ帰途についたが、「長崎は良いなあ~~」と改めて前日の風景と皆さんの元気な顔が何よりの慰めであった。
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captain-ikebe
2014/04/18
韓国客船の沈没
お隣韓国で痛ましい海難事故が起きた。事故の原因は容易に想像がつく。そもそも客船や自動車運搬船の類はスタビリティー(船の復元性、安定性)が悪い。何故かと言えば復元性が良いということは船は常に垂直を保とうとして(傾いたら起き上がろうとして)揺れが大きく常に揺れている状態である。客船がそれでは乗り心地が悪いため敢えて重心を高くし「ゆっくりと傾き、ゆっくりと起き上がる」ように設計されているのである。船には「浮心」(浮く力)と「重心」(沈む力)がありこの距離の差が復元力に影響する。客船はこの浮心と重心の距離が極端に短くなるように設計されているので例え揺れてもユラ~~リ、ユラ~~リと心地の良い揺れ方をする。もうひとつの原因は船内に積載されていた車やコンテナのローリング(横揺れ)対策。普通は時化に備えデッキ上にチェーンなどでしっかり固定されているがこれがおろそかになると、ちょっとした揺れで車やコンテナが左右どちらかに移動する。一度傾くと起き上がるのにある程度の時間を要するため、起き上がる前(垂直になる前)に更に傾いた舷側に他の荷物が移動しついには起き上がれなくなる。海底に障害物がない海域でこのように突然船が傾く原因は一つ、全速で航行中の船が急に大きな角度で舵をとったときである。何か障害物を避けようとしたのか?それとも操舵輪と舵を結ぶ電気系統或いは油圧系統のトラブルで舵が効かなくなったか? 要は大きな角度で舵が動き、その遠心力で舵とは反対側に傾き、それによって船内の荷物が一気に移動し、起き上がれないだけの角度に達し、そこへ海水が侵入し沈没したことは明白である。数年前ギリシャの客船が座礁したさいキャプテンが真っ先に船を捨て脱出したことがあったが今回も同様なことが起こったとニュースが伝えていたが船乗りとしては最低、下の下である。遭難者の家族が泣き叫ぶ姿を見たが日本ではありえない光景であり、これが民族の違いかと思った。ただ女性のリーダーが為すすべもなく無能な顔を映し出されていたが、これは原発事故の際日本のリーダーがパニクって現場を混乱させたのに比べればまだましか?とも思ってしまった。まだ若き高校生が多数を占めるこの惨事、慰めようのない痛ましすぎる人身事故である。
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captain-ikebe
2012/07/30
「夢大陸」南極に挑む 🌎
「夢大陸・南極に挑む」これは先日開催した講演会の演題である。友人の紹介で知り合った元南極観測船(砕氷艦)「しらせ」の艦長にお願いして講話会を開いた。日頃お世話になっているラウンジを借り切って約二時間、懇親会を兼ねての集いは実に楽しかった。宇宙・自然・環境といった分野に興味を持つ人たちと時間・空間を共有することはめったにないことである。
南極観測の歴史に始まり、晴海埠頭の出港式、暴風圏、南氷洋の氷山、昭和基地、ドームF、越冬隊の生活、などを親友の宝のもちぐれさ?のプロジェクタを使い、ママが用意した新品の?シーツに映しながら説明を聞いた。20数名の傍聴者(ほとんどお店の常連さん達!)から「ウオー」「ヘー」という驚きの声が度々上がるほど興味深い映像と説明が40分ほどあった後途中休憩となった。ここで南極の氷を使った水割りが登場するのであるが、これは以前「南極の氷」で述べた日本水産の後輩から時折取り寄せる希少価値のある「氷」である。アイスべき人たちがこのアイスを旨いといって飲んでくれる時「良かったなあ~」と思うと同時に、昔南氷洋のオキアミ操業の合間にゴムボートを降ろし氷山の欠片をかき集めウイスキーの水割りを楽しんだことを思い出す。
何万年か前の空気が弾ける音と味を楽しみながら主題のメッセージ「自然」「人」「動物」を聞きお開きとなった。環境こそ違うが同じ「船の指揮官」としての想いは心に響くものがあった。乗組員の生命を守り、目的を遂行する最高責任者には様々な決断を要求される。狭い船内生活(砕氷艦は200人、小生の船は100人)にも様々な問題が発生する。キッチリとした縦社会の軍艦でさえ人間関係のトラブルがあるわけで、海賊船?のような小生の船はなおさらであった。今思えば古き良き時代の思い出ではあるが。
今回の集いで、まだまだ多くの人に宇宙規模での地球環境、南極大陸の素晴らしさを知ってもらいたいと痛感した。
南極観測の歴史に始まり、晴海埠頭の出港式、暴風圏、南氷洋の氷山、昭和基地、ドームF、越冬隊の生活、などを親友の宝のもちぐれさ?のプロジェクタを使い、ママが用意した新品の?シーツに映しながら説明を聞いた。20数名の傍聴者(ほとんどお店の常連さん達!)から「ウオー」「ヘー」という驚きの声が度々上がるほど興味深い映像と説明が40分ほどあった後途中休憩となった。ここで南極の氷を使った水割りが登場するのであるが、これは以前「南極の氷」で述べた日本水産の後輩から時折取り寄せる希少価値のある「氷」である。アイスべき人たちがこのアイスを旨いといって飲んでくれる時「良かったなあ~」と思うと同時に、昔南氷洋のオキアミ操業の合間にゴムボートを降ろし氷山の欠片をかき集めウイスキーの水割りを楽しんだことを思い出す。
何万年か前の空気が弾ける音と味を楽しみながら主題のメッセージ「自然」「人」「動物」を聞きお開きとなった。環境こそ違うが同じ「船の指揮官」としての想いは心に響くものがあった。乗組員の生命を守り、目的を遂行する最高責任者には様々な決断を要求される。狭い船内生活(砕氷艦は200人、小生の船は100人)にも様々な問題が発生する。キッチリとした縦社会の軍艦でさえ人間関係のトラブルがあるわけで、海賊船?のような小生の船はなおさらであった。今思えば古き良き時代の思い出ではあるが。
今回の集いで、まだまだ多くの人に宇宙規模での地球環境、南極大陸の素晴らしさを知ってもらいたいと痛感した。
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captain-ikebe
2012/06/07
天体ショー
金冠日食に続いて、金星の太陽面通過と盛り上がった天体ショーも一段落した。子供のころガラス片に蝋燭の煤を付け太陽を見上げていた時代に比べるとハイカラになったものである。光学機器メーカーのスマートなグラス越しに天空を仰ぎみる子供たちの姿は微笑ましかった。金星は内惑星(太陽と地球の間にある惑星)であるがゆえに満ち欠けをすることを観察した何割の人が知っているのだろうかとふと思った。せっかくのチャンスなのだからテレビ局は専門家を招いて宇宙のイロハ的な番組にしても良いのでは?どの局も空を見上げる群衆の画像ばかりを映し出していたが、昨今のメディアのお粗末さはこんなところにも表れている。
金星は大きさ、質量ともに地球によく似ている。太陽に近いため、大気の95%は二酸化炭素で覆われているため温室効果で表面温度が500度近くある灼熱の惑星である。公転軌道は太陽を中心にほぼ真円にちかく224日で一周している。自転速度は非常に遅く243日で一回転しているので公転周期より遅いことになる。特筆すべきは太陽系の全ての惑星の自転方向(地軸を上から見た時に反時計周りに回転している)が公転軌道と同じであるのに対し金星だけは時計回りに自転している点である。したがって金星では西から夜明けが始まることになる。金星が明け方と夕方しか見えないのは「最大離隔」と言う現象を理解しなければならない。金星が太陽から東方へ離れ日没後の西の空に見える時が東方最大離隔、太陽が西方へ離れ日の出前に見える西方最大離隔、この両時刻帯しか金星を見ることはできない。明けの明星、宵の明星たるゆえんである。金星の満月?(満金?)は太陽の反対側、すなわち地球から遠い位置にあるため明るさは左程ではないが、半月(半金?)の頃がもっとも明るくマイナス4等星程の明るさとなる。ある程度の知識を持って夜空を眺めると、特に惑星は天体望遠鏡で観察すると非常に興味深く、ついついその世界にのめり込んでいく。土星のリング、木星の縞模様など初めて見たときの感動は未だに宇宙への興味を抱かせ続けてくれる。
これまで二人の友人に愛用の天体望遠鏡を差し上げたが彼らから宇宙の話題が出てこないのは少々寂しい気がしないでもない。
金星は大きさ、質量ともに地球によく似ている。太陽に近いため、大気の95%は二酸化炭素で覆われているため温室効果で表面温度が500度近くある灼熱の惑星である。公転軌道は太陽を中心にほぼ真円にちかく224日で一周している。自転速度は非常に遅く243日で一回転しているので公転周期より遅いことになる。特筆すべきは太陽系の全ての惑星の自転方向(地軸を上から見た時に反時計周りに回転している)が公転軌道と同じであるのに対し金星だけは時計回りに自転している点である。したがって金星では西から夜明けが始まることになる。金星が明け方と夕方しか見えないのは「最大離隔」と言う現象を理解しなければならない。金星が太陽から東方へ離れ日没後の西の空に見える時が東方最大離隔、太陽が西方へ離れ日の出前に見える西方最大離隔、この両時刻帯しか金星を見ることはできない。明けの明星、宵の明星たるゆえんである。金星の満月?(満金?)は太陽の反対側、すなわち地球から遠い位置にあるため明るさは左程ではないが、半月(半金?)の頃がもっとも明るくマイナス4等星程の明るさとなる。ある程度の知識を持って夜空を眺めると、特に惑星は天体望遠鏡で観察すると非常に興味深く、ついついその世界にのめり込んでいく。土星のリング、木星の縞模様など初めて見たときの感動は未だに宇宙への興味を抱かせ続けてくれる。
これまで二人の友人に愛用の天体望遠鏡を差し上げたが彼らから宇宙の話題が出てこないのは少々寂しい気がしないでもない。
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captain-ikebe
2012/02/03
ブロッキング高気圧
北国の豪雪に関するニュースを何処か他人事のように見聞きしていたが、大分県でも最低気温がマイナス12度を記録したと聞いてびっくりした。冬のベーリング海、特にアラスカ湾では連日零下20度のなかで操業していたので寒さには慣れているつもりでいたが積雪と寒さが何日も続く現状を見ているとついつい「異常気象」と言う言葉が浮かんでくる。今回全国的に寒波が続いている原因はブロッキング高気圧である。30年近く前、甲種船長の海技試験の口述試験で「ブロッキング高気圧について説明せよ」と言われた事を思い出した。気象学は好きな科目だったし偉そうにペラペラ答えた記憶がある。天気が周期的に変わっていくのは偏西風の力で高気圧と低気圧が西から東へ移動するためである。この偏西風は常に一定の範囲で流れているわけではなく周期的に蛇行を繰り返す。この蛇行幅が大きい時流れの中にぽっかり空間が出来、そこに高気圧がはまり込むと東へ移動する空気の流れがないため長期間停滞することになる。「梅雨」と言う現象もこれが原因で起きるが今の季節は長引く寒波となる。徐々に高気圧の勢力が弱まるのを待つしかないのである。
この異常気象のお陰で太平洋側の冬空は晴れ渡る日が多い。一週間ほど前から素晴らしい天体ショーを見ることが出来た。夕闇せまる頃、鶴見山・由布山・久住連峰が夕焼け空にくっきりと浮かぶ姿は言いようのない美しさである。その上空には煌々と金星(ビーナス)が輝いている。そして1~2時間後、研ぎ澄まされた鎌のような三日月とそのすぐ側に木星(ジュピター)が現れる。そして金星が西の山陰に沈むころ三日月と木星の後を追うようにオリオン座が天頂近くに表れる。そしてその時刻、東の空には赤々と輝く火星とそのあとを追って土星が夜空に姿を現す。天空に興味を持つ者にとってはこれほど素晴らしいチャンスは滅多にない。寒波に苦しんでいる人たちには申し訳ないと思いつつ防寒着を纏い星空遊泳に浸ってしまうこの頃である。
春よ来い♪早く来い♪♪
この異常気象のお陰で太平洋側の冬空は晴れ渡る日が多い。一週間ほど前から素晴らしい天体ショーを見ることが出来た。夕闇せまる頃、鶴見山・由布山・久住連峰が夕焼け空にくっきりと浮かぶ姿は言いようのない美しさである。その上空には煌々と金星(ビーナス)が輝いている。そして1~2時間後、研ぎ澄まされた鎌のような三日月とそのすぐ側に木星(ジュピター)が現れる。そして金星が西の山陰に沈むころ三日月と木星の後を追うようにオリオン座が天頂近くに表れる。そしてその時刻、東の空には赤々と輝く火星とそのあとを追って土星が夜空に姿を現す。天空に興味を持つ者にとってはこれほど素晴らしいチャンスは滅多にない。寒波に苦しんでいる人たちには申し訳ないと思いつつ防寒着を纏い星空遊泳に浸ってしまうこの頃である。
春よ来い♪早く来い♪♪
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captain-ikebe