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2018/09/10

船舶の走錨事故 ⚓

台風21号が列島を縦断し甚大な被害をもたらしたことは連日のニュースで知ることが出来た。その中で関空の連絡橋に停泊中のタンカーが衝突し、その後の被害を大いに拡散させたことが気になるところである。おそらく海上保安庁と海難審判庁が調査をしてる頃であるが、船長の責任はかなり重いと考えられる。そもそも「走錨」とは、アンカーを投錨(錨を一気に海底に降ろす=放り出す)しアンカーの爪を海底にしっかり咬ませ、その抵抗とアンカーチェーンの鎖の重さで船を支えていたものが、風や波浪の力に負けて船が押し流されることを言う。一旦流され始める(船体が波浪を横から受ける状態で)と二度とアンカーの爪は海底に噛ますことが出来ないのが普通である。このような場合、直ちにエンジンをかけ船首を波浪に向け「揚錨(錨を上げる)」しエンジンの推力を調整しながら位置を保つようにするのが適切な手段である。もっと言えば、これほどの台風が接近するときは、大型船ほど湾内に留まることをせず沖に移動しエンジンのみで時化が静まるのを待つのが常識である。今回の事故?の船舶の所有者、当該船舶の船長には重大な過失があったと認定されるであろう。これも偏に日頃の危機管理能力、意識の低さが引き起こした人災でる。この様なニュースを見ていると、ついつい昔の船乗り時代を思い出す。ベーリング海で風速70メートルの時化の中を一昼夜近く「つかせ=エンジンを全開にし船首を波浪にたたせひたすら時化が収まるのを待つこと」せたこと、西太平洋でハリケーンに遭遇し、幾らエンジンを全開しても波浪の力に負けて船首を風上に向けることが出来ず、横波を受けながら只々成すすべもなく流されたこと等など大自然の力を身をもって体験したことは、現在の「危機管理意識」に少しは役立っているのかもしれない。

2018/05/23

無二の会「佐賀・佐世保・長崎」

3年前にも投稿した「無二の会」、恩師を囲んで年一回の再会を楽しむ会である。13年前、恩師の退官祝い(お疲れ様会)を長崎で開催して以来今年で13回目を迎えた。先生と教え子3人の頭文字(MUNI)が偶然無二になることからこの名前を付けた。今年は先生の出身地である「佐賀」、我が母校の発祥の地である「佐世保」そして学び舎の「長崎」を二泊三日で旅した。初日は佐賀県小城町にある「清水の滝」と鯉料理を楽しんだ後、佐賀維新資料館を訪問した。清水の滝は過去何度か訪れたところであるが「パワースポット「」を感じる大好きなところである。維新資料館ではこれほど佐賀県から明治維新の前後に優秀な人材が輩出されたのかと正直驚いた。二日目は海上自衛隊佐世保基地の中にある「崎辺」の母校跡地の見学をした。きりりとした海上自衛官の案内で嘗て恩師が学んだ校舎(当時の校舎が未だ一棟のみ存在していて驚いた)を見学させてもらった。その後九十九島巡りをしたがこれも懐かしい思い出の地である。そして次に訪れたのが「ニイタカヤマノボレ」の暗号を発信した通信塔(三本柱)、海上からしか見たことのなかった塔であるが現地まで行き塔の中を見学できたのには感激した。次いで西海橋(嘗てこの下をカッター漕いだこれまた思いで深い土地である)、時津港を経由し二日目の宿泊地「ホテル清風:大江戸温泉」についた。二日間の旅であったが夜は懐かしい話を含め先生の用意していただいた旨い酒を飲み深夜まで一年ぶりの再会を楽しむことが出来た。別れ際は決まって「また来年!」何時までも元気で皆さんとお会いできるためにも健康第一の生活を!と誓いながら帰路に就く。人生は楽しい!

2018/03/05

保育園児

通勤途中に見かける景色の中で最も心の和む光景、それは保育園児の姿である。カルガモの行列と言っては失礼にあたるが保育士の後ろをちょこちょこと歩いている姿を見るとついウルウルとするくらいに可愛い!まして園児が小さな乳母車のような乗り物に4~5人がぎゅうぎゅう詰めに乗って3台位が列を作って散歩?してる光景は車を止めて眺めていたくなる位に心の和む光景である。保育園のグランドで無邪気に遊ぶ姿も実に可愛いし保育士さんの仕事は大変だろうけど良い仕事だなあと感謝を含めて感心して眺めている。高齢化社会、少子化と言う言葉を聞いて久しいがこういう園児の可愛い姿を見ているとこの子たちが大人になるころまで少しでも恵まれた環境で育ってほしいと願うのは親御さんはもちろん、保育士さん、園長さんも全く同じであろうと思う。そんな折、小生の主治医であるT先生が「病児保育園」を開園することになった。「ままのて保育園」と言う名前の保育園であるがそういう子供のいる家庭にとっては神の手ほどに助かる施設だろうと、素人ながらにこういう施設を作るT先生の「生きざま」に感心した。ゲスの勘繰りではないが決して採算性を望めるような施設ではない筈なのに地域のため、世の中のためにやろうというまさに「医者の鏡」だと小生の主治医を誇りに思った。世の中「金や色恋」に現を抜かす下品な医者を時々見聞きするが、これからの日本を背負っていく「園児」たちの将来の姿に思いをはせながら通勤途中涙ぐみながらうれしさをかみしめることを楽しみに極力、保育園の近くの道路を通って通勤しそうである。