先週の土曜日は「皆既月食」が見られると言うので楽しみにしていた。夕方より厚い雲が出現し皆既月食の始まるころには雨が降り出してしまい今年最後の天体ショーはあっけなく幕引きとなった。
地球は勿論太陽系の惑星は太陽を中心に公転し、地球の惑星である月は地球を中心に公転している。その公転軌道を前者は「黄道」、後者を「白道」と呼ぶ。自転公転が感覚的に捉えにくいため、地球を中心にあたかも他の天体が回って見えるように考えられたのが「天球」である。この天球上に「黄道」「白道」「天の赤道」を描くと季節の移り変わり、天体の位置関係などが理解しやすくなる。等々は小中学校で習ったはずであるが通常の生活の中でそれらを何時も頭に描き、目で見ると又違った感覚で「季節」「自然」「宇宙」を感じる事が出来る。
今回のような皆既月食に遭遇すると太陽を中心に公転する地球と地球を中心に公転している月が「太陽⇒地球⇒月」と一直線上に並ぶことで惑星が「公転」していることを実感できるとても良い機会であった。
先月の夜半、何かに呼び起される様な気がして目が覚め、ベッドの中から寝室の小窓を見上げると深々と輝く「シリウス」が小窓の中心にあった。余りにきれいなのでベランダに天体望遠鏡を運び出し、暫し天体観測を楽しんだ。シリウスの西側、天頂付近に冬の星座の代名詞「オリオン座」が燦然と輝き、その又西空高く「木星」が綺麗な縞模様を見せ、その周りに数個の惑星が輝いていた。宇宙遊泳の素晴らしさを社員や親友に話してもなかなか興味を持ってくれないのが寂しい限りであるが何れその素晴らしさが分かってくれると淡い期待を抱きながら酒のつまみに宇宙談議をする昨今である。
2011/12/12
2011/11/14
南極大陸
TBSの大型ドラマ「南極大陸」を楽しみにしていたが回を重ねるたびに失望の度合いが大きくなってきた。何はともあれ「キムタク」のお粗末極まりない迷演技?がこのドラマを台無しにしている。製作費がいくらかかったか知る由もないが、中身空っぽ同然のドラマを毎週我慢しつつ観ているのもつらくなる。
第二次越冬隊を載せた「宗谷」が厚い氷に阻まれ着岸できず、当時最新の砕氷艦と言われていたソ連の「オビ号」が助けてくれたニュースを小学校の映画教室で観た記憶があるが、戦後日本の歴史を象徴するストーリーが「キムタク」のお陰で台無しになってしまったのだから、責任は彼を主役?に抜擢したテレビ関係者にあること間違いない。
嘗て南氷洋に二度行った経験のある小生としてはあのテーブル型の氷山を映像で観るだけでも懐かしいが氷塊を割って進む宗谷の姿や暴風圏の中を航行する船の模様を皆さんに観てほしいとの思いが強かった。
5000万年前に南アメリカ・アフリカ大陸から離れ3000万年前に今の南極大陸の姿になったとされる「南極大陸」は計り知れない魅力がある。
時化の中の宗谷、なぜあれほど揺れるのか?素人には到底理解できないであろうがあれにはそれなりの理由がある。普通の船には横揺れ(ローリング)を緩和するためにビルジキールという羽のようなものが両舷の船底付近についているが、砕氷艦にはそれがないためローリングがひどいのである。先日砕氷艦「しらせ」の7代目の艦長をされていた方とお会いする機会があった。彼が経験した横揺れの角度はナント45度!と聞いてびっくりした。ちなみに小生がキャプテンをしていた竹生丸・津田丸は大時化の中でも20度程度であったことから如何に砕氷艦が横揺れに弱いか想像できるのではないかと思う。
嘗て東神奈川のNKK浅野ドックに入渠した際、砕氷船「ふじ」と隣合わせだったことがある。見学させてもらって驚いたのは船主の厚みが1メートルという鉄の塊であたことである。小生の船もベーリング海では厚さ20センチ程度の流氷を割って進むことができたがドック入りすると船主部分はでこぼこに凹んでたものである。
日本人として最初に南極大陸に上陸した白瀬中尉の残した言葉に「我亡くも、必ず探せ南極の、地中の宝世に出るまで」というのがある。それほど南極大陸には地下資源が大量に眠っているのである。が!なにせ平均標高2200メートル、冬場の平均気温マイナス70度というような過酷な大陸である。
資源の発掘よりも将来の地球を守る科学的研究の場として、各国の越冬隊はますます活躍してほしいと願うのみである。
第二次越冬隊を載せた「宗谷」が厚い氷に阻まれ着岸できず、当時最新の砕氷艦と言われていたソ連の「オビ号」が助けてくれたニュースを小学校の映画教室で観た記憶があるが、戦後日本の歴史を象徴するストーリーが「キムタク」のお陰で台無しになってしまったのだから、責任は彼を主役?に抜擢したテレビ関係者にあること間違いない。
嘗て南氷洋に二度行った経験のある小生としてはあのテーブル型の氷山を映像で観るだけでも懐かしいが氷塊を割って進む宗谷の姿や暴風圏の中を航行する船の模様を皆さんに観てほしいとの思いが強かった。
5000万年前に南アメリカ・アフリカ大陸から離れ3000万年前に今の南極大陸の姿になったとされる「南極大陸」は計り知れない魅力がある。
時化の中の宗谷、なぜあれほど揺れるのか?素人には到底理解できないであろうがあれにはそれなりの理由がある。普通の船には横揺れ(ローリング)を緩和するためにビルジキールという羽のようなものが両舷の船底付近についているが、砕氷艦にはそれがないためローリングがひどいのである。先日砕氷艦「しらせ」の7代目の艦長をされていた方とお会いする機会があった。彼が経験した横揺れの角度はナント45度!と聞いてびっくりした。ちなみに小生がキャプテンをしていた竹生丸・津田丸は大時化の中でも20度程度であったことから如何に砕氷艦が横揺れに弱いか想像できるのではないかと思う。
嘗て東神奈川のNKK浅野ドックに入渠した際、砕氷船「ふじ」と隣合わせだったことがある。見学させてもらって驚いたのは船主の厚みが1メートルという鉄の塊であたことである。小生の船もベーリング海では厚さ20センチ程度の流氷を割って進むことができたがドック入りすると船主部分はでこぼこに凹んでたものである。
日本人として最初に南極大陸に上陸した白瀬中尉の残した言葉に「我亡くも、必ず探せ南極の、地中の宝世に出るまで」というのがある。それほど南極大陸には地下資源が大量に眠っているのである。が!なにせ平均標高2200メートル、冬場の平均気温マイナス70度というような過酷な大陸である。
資源の発掘よりも将来の地球を守る科学的研究の場として、各国の越冬隊はますます活躍してほしいと願うのみである。
written by
captain-ikebe
2011/06/25
南極と北極
南極と言えばペンギン、北極と言えば白熊を誰もが連想するが何故南極に白熊が、北極にペンギンが居ないかとなるとうまく説明できる人は余り居ないのではないか?熊が地球上に出現したのは2500万年前くらいといわれているが、その頃には南極大陸は既にほかの大陸とは随分かけ離れていたので熊が餌を求めて南極大陸に移り住むことは不可能であったわけである。水深5000メートル近い北氷洋に張り詰めた分厚い氷の上で主食のアザラシをむしゃむしゃ食べながら生き延びたホッキョクグマは何万年も前、餌を求め北へ北へと移動する中で寒さに耐える為に徐々に身体が大きくなって現在の姿になったとされている。
一方のペンギンが何故南極に棲んでいるか?南極大陸周辺には湧昇流と言う垂直方向の海流が流れており、栄養豊富な深層水が表層近くに湧き上がっている。これにより「藻類」が繁殖し、それを「オキアミ」が食べ繁殖をし、それを主食とするペンギンが集まるようになった。南極以外にもペンギンは南半球の所々に存在するがこれは南極大陸を端に発し南アメリカ大陸の西岸を北上するフンボルト海流に流されて辿り着いたとされる説が一般的である。それ故北半球までペンギンが移動することは不可能であったため北極にはペンギンが生息しないと言うことになる。
余談ではあるが北洋に比べ南氷洋の方が遥かに美しくロマンを感じる。悠然と浮かぶテーブル形の氷山、細かく裂けた流氷の上に一列に並ぶペンギン、時折潮を吹く鯨の群れ、、、もう一度訪れてみたい海域の一つである。
一方のペンギンが何故南極に棲んでいるか?南極大陸周辺には湧昇流と言う垂直方向の海流が流れており、栄養豊富な深層水が表層近くに湧き上がっている。これにより「藻類」が繁殖し、それを「オキアミ」が食べ繁殖をし、それを主食とするペンギンが集まるようになった。南極以外にもペンギンは南半球の所々に存在するがこれは南極大陸を端に発し南アメリカ大陸の西岸を北上するフンボルト海流に流されて辿り着いたとされる説が一般的である。それ故北半球までペンギンが移動することは不可能であったため北極にはペンギンが生息しないと言うことになる。
余談ではあるが北洋に比べ南氷洋の方が遥かに美しくロマンを感じる。悠然と浮かぶテーブル形の氷山、細かく裂けた流氷の上に一列に並ぶペンギン、時折潮を吹く鯨の群れ、、、もう一度訪れてみたい海域の一つである。
written by
captain-ikebe